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その32 「三脱の教え」

含翠堂、懐徳堂、咸宜園、適塾、松下村塾。
いずれも江戸時代の
名のある私塾である。
元はといえば
武士たちを対象にした藩校に対し
町人たちを対象にした。
イメージしかし、実際には武士も町人も一緒になって
勉学にいそしんだ。

士農工商の身分制度があるのになぜ?
当然そんな疑問が出よう。
士農工商は職業分類にすぎなかった。
ところが商人が経済力を蓄えるにつれ
商人を落としめる必要が生じた。
体制側が御用学者の儒家を使って
身分制度まがいのことを吹聴したにすぎない。

塾の主宰者たちは、これには無頓着だった。
職業も年齢も学歴も
一切、入門資格に関係がなかった。
要は本人の意欲次第、努力次第。
いま、名刺一枚で世の中が渡れる
と思っている人たちと訳が違う。

片山蟠桃、草間直方、海保青陵といった
町人学者が懐徳堂から、
明治維新の志士達が松下村塾から
輩出したゆえんだ。

私塾での「三奪の教え」が
一般の暮らしにも及んで、
もうすこし洒脱に「三脱の教え」になった。
奪から脱への転換に自らの意思が反映している。

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