その27 「あい澄みません」
小学生のころ、国語の時間が楽しかった。
次から次へと新しい言葉にぶつかる。
いったん覚えると、今度は使ってみたくなる。
何かの折、乱読という言葉を覚えた。
手当たりしだい多くの本を読むという意味だ。
すると使ってみたくて仕方がない。
試しに母親の前で使ったら、目の玉が飛び出るほど叱られた。
人様の前でそんな生意気なことを言うものではないと。
江戸時代の文献は
内容の判断ができるまでに時間がかかる。
何々すべしとあるはずが、何々すへし
と、音が濁らぬまま書いてあるからだ。
江戸の人々が澄むことにこだわった結果だ。
そこで、あい澄みません、である。
あいは相対していての意味か、
勢いを示すものかは、さておき、
澄みませんは
自分の心がすっきりと澄んでいない状態を指す。
お店でいえば
せっかく来店していただいたのに、お客様の探し物がない。
そこで、あい澄みません、となる。
相手の気持ちを思いやって、行き届かないことをわびる。
若者たちが使うスイマセン。
本来は「あなた様のお手を煩わせてあい澄みませんが…」が
なまったものだ。
大相撲で大麻事件があったことだし、
スイマセン談義で秋の夜長を過ごすのはいかがだろうか。
いや、余計なことを言って澄みません。

